「競技かるた」と「百人一首」は何が違うか
「百人一首」は和歌のベストアルバムの名前
「小倉百人一首」略して「百人一首」は和歌(5・7・5・7・7)のベストアルバムの名前であり、ゲームや遊びの名前ではありませんでした。よくCDとかで「90年代ベストヒットアルバム」とかありますが、あれの和歌バージョンです。
今から800年くらい前(鎌倉時代)に藤原(権中納言)定家という人によってセレクトされました。藤原定家は自分の歌もこのベストアルバムに載せました。歌番号97番の「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩(もしほ)の 身もこがれつつ」です。
「百人一首」以外の和歌のベストアルバム=和歌集も世の中には存在します。「万葉集」とか「古今和歌集」とかいったものがそうです。
また、「小倉百人一首」にインスパイアされ、同じような1人1首形式の和歌集が「XXX百人一首」という名前で、その後、続々と作られました(百人一首 - Wikipedia→「異種百人一首」)。
和歌集「百人一首」のゲーム化→「百人一首かるた」→略称「かるた」
和歌集「百人一首」はその後、何百年にも渡って人々の間で人気がありました。
今から300年くらい前、江戸時代の人々が「百人一首」を使って、元々あった「貝覆い(貝合わせ)」という神経数弱に似たゲームと、当時、外国から来たトランプの元祖みたいなものを合体させ、カードゲームを作りました。和歌集「百人一首」のゲーム化です。これが今の「百人一首かるた」です。「小倉百人一首歌かるた」ともいいます。
「90年代ベストヒットアルバム」と早押しクイズを合体させ、「90年代ベストヒット イントロクイズ」にしたようなものです。
「百人一首」とは別のものを題材にした かるた もあります。例えば「いろはかるた」は、ことわざを使った かるた です。
しかし、「かるた」と言えば小倉百人一首を使った「百人一首かるた」が元祖であり、有名であるため、「百人一首かるた」 のことを略して「かるた」と呼ぶこともあります。
また、「百人一首かるた」は広く親しまれるゲームになったため、「小倉百人一首」、「百人一首」と言えば、和歌集の名前だけでなく、かるたゲームの意味も含むようになりました。
競技かるたの誕生
「百人一首かるた」は自然発生的に誕生したため、統一ルールというものはありませんでした。明治時代の1904年、黒岩涙香という人が「百人一首かるた」を使った1対1形式のゲームのルールを整理し、統一ルールを作りました。これが「競技かるた」です。
明治・大正の作家、ジャーナリスト「黒岩涙香」
同じ「百人一首かるた」を使っていても「競技かるた」とは異なるルールのゲームや競技があります。「散らし取り」、「源平戦」、「五色百人一首」といったようなものがそうです。
「百人一首の本、教室、大会」=「競技かるたの本、教室、大会」ではない
というわけで、「百人一首の本」とか「百人一首の教室」とか「百人一首の大会」とか言っても、「競技かるた」の本、教室、大会とは限りません。競技かるたもしれないし、競技かるたとは異なるルールのゲームの本、教室、大会かもしれないし、小倉百人一首の歌を勉強したり、観賞するための本、教室かもしれません。
まとめ
- 「百人一首」は和歌のベストアルバムの名前
- 「競技かるた」は「百人一首」を元に作ったゲーム・競技の一つ